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音響設計家:豊田泰久氏特別講演(2)

2005年11月10日(木)19:00~21:00
九州大学 大橋キャンパス3号館322教室

大橋キャンパスで行われた音響設計家:豊田泰久氏の特別講演会の後半です。

前半は,主にシューボックス型のコンサート・ホールについてのお話でしたが,たとえばサントリーホールは形が違いますね。後半は,シューボックスでない形のホールについてのお話。

1960年にできたベルリン・フィルハーモニーホールは画期的なホールで,勉強させられるところも多いものです。平面形はシューボックスとは似ても似つかない形。(有名な指揮者の)カラヤンが音楽監督になってすぐに建築家シャローンがコンペで勝って設計したもの。音響設計はベルリン工科大学のクレマー。このホール最初は評判が悪かったのです。カラヤンのサーカス小屋などとも言われました(大井注:断面形がそんな感じですね)。しかしいいホールです。もちろんベルリンフィルがうまいこともあるし,使いこなしたカラヤンもすごい。このホールについてはいろんなことが言われています。反射板を変えたから良くなったとか,天井高を変えたからよくなったのではないか,とか。ディズニーホールを設計しているとき,クレマー先生にお会いして,本当のところを訊いてみました。先生は一言「何もやってないよ」と。

次にサントリーホールです。ラッキーだった部分もありますが,いろいろ勉強したホールです。(ベルリンとサントリーの平面図を示す)ホールの設計では早い反射音をどうやって持ってくるかが問題です。天井は高くしたいとなると壁しか頼るものはありません。そこでいろんなところに反射面を作ることになります。全体をブロックに分けて小さな壁をいくつも作ります。そして客席を分割して配置します。1997年の札幌コンサートホールも同じやり方です。このようなホールを日本ではワインヤード型と呼んでいます。この名前を言い出したのが誰かわからないのですが,サントリーホールの時からだと思われます。ベルリンのホールなどはvineyard shapeと呼ばれていました。ブドウ畑のことですが,サントリーだからかワインヤードになってしまった(大井注:そうだったのか,ワイン畑?ワイン倉庫?と不思議だったのです)。

シューボックス型とワインヤード型の特徴をまとめてみましょう。
豊田さんの書かれたこちらのページも参照

■シューボックス型
特徴 天井が高く,幅の狭い箱。歴史のある高名なホールに多い
適切な大きさ 小~中型 2000席以下
音響性能 良好に作りやすい
雰囲気 歴史的,フォーマル
視覚的印象 静的,格調
デザイン・拡張性 制限大
既存ホール 多い ウィーン・ムジークフェラインザール,アムステルダム・コンセルトヘボウ,ボストン・シンフォニーホール,バーミンガム・シンフォニーホール,紀尾井ホール,京都コンサートホール,すみだトリフォニーホール

■ワインヤード型
特徴 近代的でホール全体に親密感,緊密感がある
適切な大きさ 中~大型 1500席以上
音響性能 さまざまな工夫・検討が必要
雰囲気 モダン,ダイナミック
視覚的印象 動的,親密さ
デザイン・拡張性 可能性大
既存ホール 少ない ベルリン・フィルハーモニーホール,ライプツィヒ・ゲバントハウス,カーディフ・デイビッドホール,サントリーホール,札幌コンサートホール

京都コンサートホールはコンペですが,シューボックス型にするというのが条件でした。設計者の磯崎新氏が「うーん,シューボックスは難しいね」と。いろいろデザインしようとすると制限が多いのです。ハンブルクもワインヤードです。最近はワインヤード型の良さが注目されています。音だけで言えばシューボックスは良いのですが,どうしても見にくい席もできてしまいます。

さて,ウォルト・ディズニーホールですが,この名前はリリアン・ディズニー夫人が1987年に5000万ドルを寄付して作られたことから来ています。アメリカでは民間のホールとして作って役所に寄付するというしくみです。ラッキーだったのはサントリーホールの翌年に寄付が行われたことでした。建築設計はフランク・ゲーリーでずか,音響設計のコンペもそれとは独立にインタビューが行われました。ホールそのものは2003年10月にロサンゼルスのダウンタウンにオープンしたクラシック専用ホールで,ロサンゼルス・フィルハーモニックのホームグラウンドです。2265席のアリーナ型で,1989年に設計開始,14年がかりのプロジェクトでした。ロサンゼルスの真ん中で,ステンレス・スティールの外観がひときわ目立ちます。ちょうどフランク・ゲーリーの設計で話題になったビルバオ(スペイン)のグッゲンハイム美術館と似ていますが,これはディズニーホールのプロジェクトの途中で設計が行われたものです。ディズニーホールの最終的な工費は300億円に達しましたが,最初の寄付は60億円でした。これはリリアン夫人に相談された誰かが60億円あればできると言ったためにその額になったので,最初から300億円と言っていればそれだけ寄付されたかもしれません。費用がかさんだために,1994年にいったんストップします。このとき,ノースリッジで地震があり(阪神大震災のちょうど1年前),構造が全部見直しになります。プロジェクトは1998年に再開されました。ですから設計はグッゲンハイムより前なのです。音響設計も札幌コンサートホールより前のものです。札幌の時はすでにディズニーの1/10模型ができていたので,札幌の人たちを連れて行って見せましたら,まさか自分たちが後になるとは思わないから喜んで見せてくれました。そうしたら札幌が先にできてしまった。ゲーリーに電話して「似たようなのができました」と言ったら,「どうだった?」と。うまくいったことを伝えると「それは良かった。モックアップがうまくいったね」と。ディズニー・コンサートホールの内部はオルガンが変わっています。オルガンについてはアーキテクトと1年間大喧嘩したほどのエポック・メイキングなもの。

シューボックス型のホールでは,ほとんどのお客さんは別のお客さんの背中を見ていることになりますが,ワインヤード型ではこの他のお客との関係が変わります。つまりお客同士が見えるので,感動の瞬間を共有するというintimacyが生まれます。コンサートの前後でも知人がいるのが見えるなど,ホールの機能として重要なコミュニケーションが生まれます。社交ですね。今や音だけなら再生装置でも良いし,むしろその方がよい場合もあるかもしれませんから。オペラハウスは昔は馬蹄形をしており,同じような機能を持っていました。それがワーグナーのバイロイト以来,お客がみなステージの方を向くというのが近代劇場のスタイルになりました。ステージがおもしろければそれでも良いのですが,そうでないと・・・。コンサートに参加するとはどういうことか,ということで,決して音響だけではないわけです。

ディズニーホールにも小壁がたくさん使われています。オルガンは前に見えている斜めのものも装飾ではなく全部本物のパイプ(木管)です。ゲーリーは金属管を前にして,それを斜めにしたかったようですが,オルガンのパイプは非常に柔らかい金属のため,斜めにすると曲がってしまう,そこで木管を前面に出したわけです。これにはニックネームがついていて,フレンチ・フライと言います(なるほど!)

現在進行中のプロジェクトには以下のようなものがあります。

  • カンザス・シティ コンサート/オペラ 建築設計はモシェ・サフディ
  • WTC跡(ニューヨーク)カルチャー・コンプレックス 劇場が4つある
  • マイアミのホール マイケル・ティルソン・トーマスのオーケストラの本拠地
  • 深釧(中国)
  • ラジオフランスのホール(パリ) 1500席
  • デンマーク国立放送局のホール(コペンハーゲン) ジャン・ヌーベルのデザインで建設中。2008年オープン予定
  • ハンブルク ブラームス,メンデルスゾーンの生まれた町でマーラーも住んでいたところです
  • ヘルシンキ
  • サンクトペテルブルク マリインスキー劇場が有名,ゲルギエフ(指揮者)のいるところ

(コペンハーゲンの1/10模型の写真)これが音響模型で,中に人の代わりの人形がありますが,これは全部日本製。東急建設の技術研究所が作ったものです。ディズニー・ホールの時にも使いましたが,これを見てゲーリーがオープニングの時は全部日本人で埋めないと,とジョークを飛ばしていました。床にはマイクロホン,スピーカー用の穴が見えます。空気の吸収を模擬するために中には窒素ガスを入れます。

ハンブルクはちょっと小樽に似た感じの町です。ホールはエルベ川の河口にある倉庫の「上」に建てられます。元の倉庫は改修して全部駐車場になります。デザインはヘルツォーク&ド・ムーロンでホールは2200席。地元の新聞にも取り上げられました(見出しはDer klang von Toyota 豊田の響き)

サンクトペテルブルクのホールはマリインスキー劇場の隣に運河をはさんで作られるもので橋でつながっています。建築はドミニク・ペローの設計で繭のような鉄骨で覆われて見えるものです。ここのオーケストラはバレエ用,オペラ用,海外公演用などに分かれるほど大規模なものです。劇場から2~300mのところにオペラの大道具倉庫があったのですが,2年前に火事で焼けました。そうしたらゲルギエフが「ちょうどいいからコンサートホールを作ろう」と言いだし寄付を集めました。これも同時に作っていて,2005年5月に着工し,2006年にはオープン,1100席です。

ここからは質疑に入りました。

Q シドニー・オペラハウスについて,教えてください。

ご存じのように設計者のウッツォンが途中で交代したり,いろんなことがありました。ここはコンサートホールで人を入れたいということで,オペラハウスとコンサートホールを入れ替えて,コンサートホールの方が大きくなっています。コンサートホールのオリジナルの音響設計はクレマーですが,ジョルダンというデンマークのコンサルタントが引き継いで完成したものです。オペラハウスの方はアラップの設計です。ここの改修にも関わっていたのですが,ストップしてしまいました。(大井注:2005年夏に訪れた時は海側のホワイエ部などを中心に改修していると言っていましたね。ホールそのものに手をつける話はなかったような。ホワイエ側を開放的にするというのはウッツォンにアドバイスを求めた結果だそうです。)

Q ホールの内装や材料について

ホールの内装材料としては木が好まれますが,やはり見た目が重要で暖かい感じがします。メンタルな意味で演奏者がいいと思うのがよいのではないでしょうか。サントリーホールの壁は0.7mm厚の木を張っています。これは消防法の規制によるものです。日本は床については規制がありませんが,アメリカでは床にも規制があります。サントリーホールができた当初,東京のオーケストラからはずいぶん不満の声がありました。ところがヨーロッパのオーケストラが来て演奏するとうまくいく。この原因は東京文化会館との違いが大きすぎたことにあるようです。つまり演奏者の慣れの問題です。地方でホールができると,必ず地元のピアノの先生などがこけら落としの演奏をやりますが,たいていあまり評価されない。コンサートホールで演奏した経験がほとんどないのだから当然ですが,その評価が地元紙などには出てしまう。サントリーの場合は海外オーケストラの評価があったからラッキーでした。そのうち東京のオーケストラも慣れてきてうまく演奏できるようになると,「良くなったね,どこを変えたの?」と訊かれます。どこも変えていません(大井注:人間が外界を判断するときは自分が基準ですから,自分が変わったとは思わず,環境の方が変わったと思うわけですね)。

演奏者の意見というのはまちまちで,これはステージ上の位置で音のバランスが大きく違うことも原因です。ステージの上をあちこち動いてみると,驚くほど違う。聞き慣れたバランスだと思ったのは木管のオーボエの位置でした。私は芸工大フィルでオーボエをやっていたもので,オーボエの位置の音が落ち着くのです。演奏者と話しをする時に,この話をするとなるほどとわかってもらえます。

芦川先生のまとめ

ホールの音響設計から,音楽そのものや演奏の話にまで広がりました。芸術から工学まで幅広い芸工大,芸術工学部の教育の成果ということでしょうか。(豊田さん「それを言わないといけなかったんですね」)

次回の公開講座「劇場への旅 音楽のデザイン3」は,11月23日(水)17:50~「アクロス福岡」の見学会になります。プロセニアム仕様からシューボックスへの変換を実際に見て,内部からバックヤードの見学,ホールスタッフへの質問もできるそうです。興味のある方は九州大学芸術工学研究院の芦川紀子先生までお問い合わせください。

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